雪の中のプライド
降りしきる雪の中、
電線に並ぶカラスの親子がいました。
子カラスが言い出しました。
「母さん、寒いよ~」
「そうだねぇ」
「お腹もすいたよ~」
「そうだねぇ」と、母カラス。
「皆は、街のごみ置き場でビニール袋を破ってさ~、
エサ食べてるんだってよ~」
「そうだねぇ」
「母さん、ぼくたちもそうしないと・・
死んじゃうよ~」
「そうだねぇ」
「どうして皆のようにしないの?」
「人さまに、迷惑はかけられないからだよ」
「どうして、それが迷惑なの?」
子カラスにはわかりません。
「食べ散らかしたごみのためだよ。
カラスの道に反するからね。
母さんの母さんも、その母さんも・・
カラスの正しい道を守ってるんだよ」
「ふ~ん、でも母さん・・やっぱりお腹がすいたよ~」
「そうだねぇ。」
子カラスは、あきらめて肩をすぼめてしまいました。
水墨画のような雪国の景色は、
ますます空腹を感じさせます。
「母さん・・」とぽつんと呼びます。
「きっと、エサはみつかるよ」母は答えました。
「いつまで、こうして待つの?」
「みつかるまでだよ、ぼうや」
「みつかるかなあ・・」
「きっと、みつかるんだよ。
神様は、わたしたちを忘れたりしないよ」
「ふ~ん」
子カラスは不満そうに雪空を見上げました。
やがて、雪が降り止みました。
静かな銀色の大地に、ほんの少しだけ雲間から
光が射し始めています。
「母さん、エサはみつかるの~」
「そうだよ」
母は答えて・・バサッーと飛び上り、
少し離れた畑の雪の上に降り立ちます。
子カラスは電線の上に残ったまま母の姿を
くりくりの目で追います。
しばらくして、母カラスが呼びました
「ぼうや!おいで!」
「わ~い、エサがみつかったんだ~」
子カラスは覚えたての急降下で
母の傍(かたわ)らにいきます。
雪の中から、人さまには使い物にならないと捨てられた
小さな芋がいくつもみつかったのです。
「おいしいねぇ」
「おいしいねぇ」
食べて満ち足りました。
「さあ、山に帰ろうねぇ」
母カラスが言ったその時、
「や~い!そんな物、食べてるのカァ~!
恥ずかしくないのカァ~!」
仲間のカラスがやじりました。
母カラスはそれを無視して・・
子カラスに、もう一度
「さあ、山に帰ろうねぇ」
と言います。
そして、ゆっくり飛び上ります。
親子は、日が沈みゆく山へ向かいました。
毎朝、空が白んだ頃
母と子は冷たい野や畑に出かけます。
昨日はエサが何もみつかりませんでした。
子カラスは涙をこぼしながら電線の上で言いました。
「今日もエサがないと、僕たち死んじゃうよ~。」
でも母カラスは
「死にはしないんだよ」
と、言います。
「どうしてさあ。」
「カラスの道を守った母さんの母さんも、
そのまた母さんもエサがなくて死んだりは
しなかったんだよ。」
「ふ~ん」
子カラスは何となく納得しますが、
小さな黒いお腹はすっかりへこんでいます。
見上げると、
仲間のカラスが賑やかに町へ町へと向かっています。
「エサもな~い!こ~んな所で
怠けてるんじゃないカァ~!」
「カァ~ハッハッハー!」
ののしりながら急いで行きます。
毎朝毎晩の事です。
子カラスは、身動き一つしない母をみつめて、
またまた声を出さずに涙をこぼしました。
涙は、電線の下の冷たく白い野原に
『スゥーッ』と落ち、
音もなく吸われて消えていきました。
ある朝、いつものように
母と子は、少ないけれどエサが採れる電線に
並んでいました。
そして、いつものように
仲間のカラス達は、親子をあざけって町へと
出かけて行きました。
やがて日が暮れて、
子カラスも母と一緒に山に帰りました。
でも、今日はどうしたのでしょう!
町から仲間のカラスが戻って来ません。
次の日も、その次の日も黒い姿を見かけませんでした。
子カラスが母に尋ねます。
「母さん、おじさん達み~んな、町へ行ったまま
帰って来ないよ~?」
「そうだねぇ。」
「どうしてなの?死んじゃったの~?」
「さあねぇ。」
「おいしいエサが、い~っぱい!
い~っぱいあるって、言ってたのに。」
「そうだねぇ。」
「母さん!エサがあっても死んじゃうの?」
「ぼうや!母さんはね。
エサがなくて死んだカラスは一羽だって
見たことないんだよ。人さまに迷惑かけたり、
不注意で死んだカラスはいるけどね。」
すると、子カラスは電線の上で羽をバタバタさせながら
遥か彼方の雪山をじっと見て言いました。
「僕わかったよ。母さん!
カラスの道を守れば、エサは必ずみつかるんだって!」
「そうだねぇ。」
「僕はカラスの道を守って死なないようにするね。
母さん。」
「そうだね。ぼうや。」
今日も電線の上、お腹をすかしたカラスの親子が
仲良く並んでいます。