大人の童話

この童話集の五つの話は、お子さんだけでなく、大人の方にもお読みいただきたいと過去に創作した童話です。稚拙なお話ではありますが、ビジネスに忙しく懸命に携わる人々や家族のために日々奮闘している方々、学業に励んでいる方などすべての大人の方々のためにも、心休まる憩いの時間を楽しんで頂ければ幸いです。

幼児のように無心に!

過去に創作した童話です。ペンタッチも鋭さに欠けていますし、充分に完成されているとは言いかねますが ・・・。

当サイトで、幼児の持つような、無心で何も疑わないで生きることを楽しむ一握りの時間をお過ごください。それでは、最後までお読みくださいますように。

 

 

童話「桜草の冬日誌」

童話「桜草の冬日誌」は、厳冬のような冷たい社会の中に、ポツンと現われた暖かい花園のような世界を描いております。そこは常春で穏やかであり、凍りつきそうな北風が運ぶ吹雪もなく・・という場面設定です。童話中に登場する花はさまざまですが、疲れて傷ついた動物や人を自己犠牲的に慰めると言う点では、一致して愛に満ちているという内容です。

 

 

桜草の冬日誌

童話の宝石箱の桜草

木枯らしがヒューヒュー吹いています。
雪もコンコン積もりました。

でも、町の外れにある小さな雑木林の真中に、日溜まりの場所がありました。
冬なのに、なぜかそこだけはポカポカと
いつも暖かくて春のようです。
いつの間にか誰かがそこに花の種を蒔くようになり、
やがて花園になりました。
デージー、桜草、パンジー、ストックそしてバラなどの
花の香りが、ふんわりと漂っています。

ここには、さみしい人、疲れた人、犬、猫、猿、
キツネまで、毎日誰かが訪れます。
それで・・・花たちは冬の間、
その日の花園当番を決めました。
来た人や動物を慰める当番です。

昨日はデージーさんの当番でした。
コンコン雪の中で、
お腹がすいて死にそうなウサギがたどり着きました。
デージーさんは自分が食べられることにしました。
でも大丈夫、根っこがあるからまた出てきて
花を咲かせることが出来ます。うさぎは夢中でデージー
をモグモグ食べ始めました。
すっかり食べられて根っこだけになったデージーさんは
元気になったウサギを見送って嬉しそうです。
自分の当番の役目をしっかり果たしたからです。

そして
「今日は私の番だわ。誰が来るかしら」
桜草が風に誘われてピンクの小花をかしげます。
楽しみにして張りきっています。
雪と木枯らしの道を歩いて、
この春の園を求めてくるのは誰でしょう。

ギシギシ!
雪を踏みしめる足音がゆっくり近づいてきます。
桜草はわくわくしながら
「あっ、来たわ」
ちょっぴり緊張します。
現れたのは古ぼけた茶色のコートを着た画家の青年です。
ベレー帽と肩の上に雪を積もらせたまま
「ハアーッ」と大きな溜息をつき頭を抱えたまま
花園の中にドサッと座り込みます。
体に積もった雪を払おうともしません。
赤く腫れ上がった眼は悲しみを物語っています。

桜草はじっと耳を傾けます。
絵描きの青年の独り言を待っているのです。
「僕には描けない。もうやめよう・・。」
どうやら青年は思い通りの絵が描けない様子です。
桜草は困ってしまいます。
助ける方法がわかりません。
でも何とか自分に出来ることをやってみる事にします。
「ガンバッテ!ガンバッテ!」
ピンクの小花の首を花粉が散るほど何度も振りました。
甘ーく優しい香りが広がっていきます。
青年が気付き
「ん?なんていい香りなんだ」
と、桜草をみつめます。
「ガンバッテ!」
桜草は一生懸命小花を揺らし続けます。
突然、青年は立ち上がります。
「そうか・・わかったぞ。生きている花は
こんなにも香るのか。僕の絵は香りが感じられない・・
絵に命を吹き込むんだ。香りを放つ絵にしよう!」
叫びながら雪降る中へ飛び出して行きました。
もちろん、感謝の一言もないのですが
桜草は満足し嬉しそうに微笑みます。

早朝、バラの当番になった真冬の最中(さなか)の、
花園は賑わっています。
なにしろバラさんは姿も香りも抜きん出て
目立つ存在です。
色とりどりの咲きかたは、お伽の国のパレード
のようです。
桜草も、はしっこでいつも見上げては、
うっとりしていました。
他の皆も、バラさんがどのように慰めの当番を果すのか、
とても期待しています。
でもバラさんはニッコリと優雅に微笑みながら
肩を張ることもなくその時を待っています。
桜草は思います。
「やっぱりバラさんは女王様のようだ。」

童話の宝石箱のばら 感心していたその時、腰の曲がった老婆が
厚いストールを深々とかぶり現れました。
そして悲しそうにポツンと言いました。
「あたしゃ、可愛い孫娘が重い病気だというのに
何もしてやれない・・・。」
その瞬間、
花園の花たちの視線が一斉にバラさんに注がれます。
桜草も目を凝らしてみつめます。
すると、
バラさんはゆっくりと大きく円を描くように
頭を揺らしながら朝露を払いました。
老婆の目はバラに釘付けになります。
そして近づきながらボソッと言います。
「あぁそうだ、このバラを沢山ベッドの横に
飾ってあげよう・・。」
そう言うと傍らにある誰かが忘れていった鋏(はさみ)
を拾い上げ、次々にパチンパチン!とバラを摘み取った
老婆の深い皺(しわ)の奥の瞳は、悲しみから輝きに
変わっていました。
老婆は園を去り、残ったバラさんは花がなくなり、
あの華やかさは消えてしまいました。
でも残された緑の葉の上の朝露が
冬の柔らかな光を受けてキラキラ輝き、
バラさんを一層美しくしていました。
桜草は思わず
「うわーっすてき!」と感嘆の声を上げました。

晴れた冬の昼下がり、
今日の慰めの当番はパンジーさんでしたが、
正午前に役目を果たしました。
死んだパパの形見のクリスタルグラスを
割ってしまった小さな女の子が
ママの涙が止まらないと泣き出し
コートも着ないで雪道を駆けて園に
飛び込んで来ました。
そしてパンジーをみつけた女の子は
ママにお詫びしようと色とりどりのパンジーで
花輪を一生懸命に編んだのでした。
茎ごとなくなったパンジーさんでしたが
喜びと満足で胸が熱くなっていた所です。

そこに聞き覚えのある足音が近づいて来ます。
「あっ」
「あらっ」
「あれは」
花達が周りを見まわし、嬉しそうに囁き始めます。
桜草もニッコリ、隣のパンジーさんに微笑みます。
パンジーさんは余りの嬉しさに残っていた蕾を
力いっぱい震わせます。

やがて雪靴に雪の固まりをくっつけたまま現れたのは、
アンおばさんです。
花が大好きなアンおばさんの背中の籠の中には
花たちの食事の肥料がはいっています。
毎月一回のアンおばさんの訪問を
花達が待ち望んでいるのは、お食事だけではありません。
何よりも花一本一本に語りかける優しい励ましの
褒め言葉なのです。
「慰め当番」をしている園の花達にとって
唯一の「慰め」はアンおばさんの一言でした。
桜草は食事も言葉ももらわないうちに根っこから
ジワジワッと力が湧いて来そうな気持ちでした。

冬の最中、
雑木林の真中の花園はもう春の喜びがみなぎっています。
花を愛するアンおばさんの訪問は
花達のコーラスによって大歓迎されます。
アンおばさんは白い歯をちょっぴり見せながら
満面の笑みをたたえて花園をぐるりと眺めます。

そして、入り口の近くの花の傍らに屈みます。
それはウサギに食べられることにして
慰め当番を果したデージーさんです。
花はなく、根っこからようやく新しい緑の芽が
出始めたばかりです。
アンおばさんは、
新芽の先っぽに人差し指でそっと触れながら
ほめ言葉をかけます。
「まあ、そうだったのね。よしよし・・・。
でも前の葉っぱより、うーんときれいな芽が
出てきていますよ。よかった、よかった。」
この一言を聞いたデージーさんの涙の泉が
突然溢れてしまい止まりません。
芽の先っぽから澄んだ雫が
ぽたぽた地面に落ちていきます。
でも、もうこれでデージーさんの胸一杯の涙の泉は
元気の源の泉に変わりました。
さあ、またがんばるぞーと思います。
赤、白、ピンクの花をつけるはずのデージーさんです。
満開の自分を望み見て、
柔らかい土の上に緑の芽をぐーんと伸ばしました。

童話の宝石箱のパンジー そして、アンおばさんの優しい微笑みは
次の花に向けられます。パンジーさんです。
摘み取られたばかりの花の残り香が、
まだホンノリと漂っています。
アンおばさんには、それが直ぐ分かりました。
興奮の冷めていないパンジーさんを、
静かに微笑みながら首をかしげてじっとみつめています。
どんなほめ言葉がかけられるのでしょう。
桜草もアンおばさんを見ています。
アンおばさんは、目を閉じて
スーッとパンジーの残り香を吸い込みました。
「んーん、いい香りだこと・・・」
そしてパンジーさんの葉に触れながら
「あなたの花を摘んでいった人は幸せねぇ。
どんなにか喜んでいることでしょうね」
と、語りかけます。
パンジーさんは嬉しさの余り、
葉っぱの陰に隠れていて見えなかった小さな蕾の頭を
もたげます。
まだ緑がかっていますが、
ほんの少しだけ黄色だったり、白だったりしています。
そう、蕾がたくさんあったのです。
五日もすれば開くでしょう。

その様子を見ながら、
アンおばさんの視線はパンジーさんの後ろの
はしっこの桜草に注がれます。
桜草は花盛りです。
「まあ、なんて可愛いのでしょう・・」
アンおばさんはほめて語りかけ頬を寄せ口づけします。
桜草は有頂天になり、
風もないのに首を思いっきり振りました。
もともと折れやすい茎は、アンおばさんの顔に当たり、
ポキッ。
「あら、あら・・でも元気な証拠ね。
これはもらっていきますよ。ありがとう」
そう言いながら折れたピンクの桜草を籠の中に
入れてくれました。
桜草は、はしゃぎ過ぎたことをちょっぴり
恥じ入りながらも喜びを抑えられませんでした。

やがて、雑木林の向うに夕日が沈み始めた頃、
アンおばさんの励ましの言葉は花達全部を
巡り終えました。
バラさんの小さな芽もふくらみ始めています。
花園は茜色に染まり、全てが生き生きとなりました。
桜草は思います。
「また、明日から寂しい人たちを慰める当番に、
精を出そう。」
他の花もそう決意していることが、
桜草には分かりました。
こうしてアンおばさんの花園訪問は
いつも大成功に終わるのでした。
冬の穏やかな日の優しい出来事です。